学園祭
学園祭(恋人前提)
琴葉side
8月の中旬、夏休みが明けて少し学校生活に体がなれてきたある日。
「今年の学園祭はメイド、執事喫茶に決定です!」
うちのクラスの学園祭実行委員がそう告げる。
「だって!たのしみだね!琴!」隣の席に座っているゆづが私に嬉しそうな顔で告げてくる。
それに相反して私の気分が下がっていく。いや嬉しそうなゆづは世界1かわいいけれど。
私のテンションが下がっているのにはちゃんとした訳がある。
遡ること一ヶ月ほど前。私は夏休み中学校がないのをいいことに生活リズムを崩すゆづを監視することを理由にゆづママ公認でゆづの部屋に入り浸っていた。
お弁当を作ったり、ゲームしたり。実質おうちデート。そんな生活を続けていたある日、ゆづが何かのゲームに影響されたらしく突然変なことを言い出した。それがことの発端だった。
「私、ことのメイド姿が見たい」
「は?正気?」
一瞬耳を疑った。なんなら普段出さないようなガチトーンで口から咄嗟に冷たい言葉がでてしまった。ごめんゆづ。
「ひどい!!ただことのかわいいメイド姿が見たいだけなのに!!」
でもゆづはそんな私の驚きをよそにギャンギャン騒いでる。本当になんなんだ。
でもまあそれはいつものことか、なんて思いながら話だけは聞くことにした。私優しい。
「で?なんでそんなこと突然言い出したの?」
私がそういうとゆづは途端に目を輝かせて食いついてきた。ちょっとかわいい
「よくぞ聞いてくれました!!あのねあのね、今やってるギャルゲーの推しがメイド喫茶でバイトしててそこに鉢合わせるイベントがあるんだけどそれ専用の立ち絵があって死ぬほどかわいくてクラシカルな感じのメイド服なんだけどことにはミニスカも似合うと思っってだから両方着て欲しいの!」
ゆづはこの長文をオタク特有の早口で一呼吸もせずに言い切った。
二次元ならまだしも三次元の私にきてほしいとか正気を疑ったけど熱意は伝わった。けど私にはその熱意の中に引っ掛かるものがあった。
「私はそのギャルゲーの推しの代わりなんだ?」
そう。ゆづの言い方がひっかかった。専用の立ち絵が死ぬほど可愛い。ギャルゲーの推し。もしかして浮気か?
いや、ゆづにかわいい以外に他意なんてないことなんて分かりきってるけど、どうしても引っ掛かった。自分でもびっくりするくらいめんどくさい。ここにいるとめんどくさいのもっと出しちゃいそうだし帰ろうかな。お泊まり予定だったけどネガティブスイッチが入ったら止まらないし。いい感じに理由つけて帰ろう。
そうやってこの場を切り抜けるために茶化そうとした。その瞬間またゆづが凄い勢いで喋り出した。
「ちちちちちちがうよ!?!?!この推しはことに似てるから推しであって、こと以外好きとかじゃないしことの代わりとかいないしこと代わりなんていないの!!浮気じゃない!!信じて!!!ただただ好きなの。ごめんなさいいい」
ネガティブスイッチが入っているのかいないのか。ゆづはたまにこうやってサラッと可愛いことを言ってくる。その言葉に一瞬で私は頬を緩ませる。もう少し言ってほしくて意地悪を言った。
「私だけじゃ満足できなくてその子推したの?」
流石に意地悪すぎるか、いやメンヘラ女に思われる?いやそんなこと考える余裕なんてゆづには無いか。
「その、ことにふわふわな服着て欲しくて、それにこころちゃんいっぱい好きって言ってくれるから、ことに、置き換えて、その」
あ、聞かなきゃよかった。またすぐ嫉妬の炎が燃え盛る。ゆづに好きっていうのは現実にしたって二次元にしたって私だけでいいのに。いつもなら堪えるのになんかそのときは堪えることができなかった。
「ふーーん。私以外に好きって言われて喜んでるんだ。浮気だ」
「浮気じゃないって!!!ごめん!!!もうしないから!!もうこのゲーム消すからゆるして!!!」
「へーーえ?」
「どうしたら許してくれるのおお」
「もう私にふりふりきてって言わないこと」
「うぐぐ、わかった。もう、いわない」
こうやって脅し半分でいいきかせたから話はもう完結してると思ってたし、ゆづもうメイド服を諦めたと思ってた。
そう思ってた。
ここで時間は冒頭の少し前に戻る。
今日は学園祭に向けて、何の出し物をするか決める日だった。みんな思い思いにお化け屋敷とか、迷路とか、演劇とか楽しそうな出し物を出していってた。楽しそうだなあ、楽しみだなあ、とか呑気なことを考えながら適当に聞き流してた。
ある程度出きったかな?そろそろ多数決に移ろうか、という頃にゆづが静かにスッと手を上げた。普段私と絃葉とみつくんとしか関わらないゆづが手をあげるなんて思ってもいなかったから私もクラスメイトもみんな驚いた。そんな私たちの気も知らずゆづは続ける。
「執事アンドメイド喫茶」
クラスが騒ついた。ただでさえ人と関わらないのに執事アンドメイド喫茶なんて予想外も予想外すぎて困惑したんだろう。わかる。私も困惑してる。
司会をやってる子が何とか立て直して「り、理由を聴いても良いですか?」と問いかける。ちゃんと聞けるの偉すぎるな。そんな偉いクラスメイトちゃんに対しいてゆづは
「ことのメイド姿が見たいから」
とかど正直に言い出した。キレそう。
そんな私に対してクラスは盛り上がっていく。「琴葉のメイド見たいかも!」「ロング着せる?それともミニ?」「絶対可愛いもんな!」ああやばい、これはメイドやんなきゃいけないパターンだ。なんならゆづが隣で勝ち誇った顔しながらニマニマしてる。くそッ!!!
悪あがきだけでもしようとミツくんの方を見る。ゆづといつもただ同じ意見にしたくないがために対立してるからきっと今日も。なんて淡い希望を抱いて見つめたら
「いいんじゃねーの?執事メイド喫茶。すげーたのしそう」
最後の希望が潰えた瞬間だった。
後から聞いた話によるとこの時ゆづはすでにミツくんを絃葉のメイドを餌に根回ししていたらしい。しかたないからミツくん用のメイド服も用意してあげようと思う。仕方ないからね。仕返しなんて思ってない。本当に。
その後あれよあれよと執事メイド喫茶に決定して冒頭に戻る。
私はメイド確定で、それなのに提案した本人は執事。いつも可愛いと思ってる笑顔が煽ってるようにしか見えなくて今日はゆづのグミを抜きにすることを心に決めた。
一週間後
私の意志とは関係なく着々と準備は進んでいく。この雰囲気を壊すわけにはいかなくて作り笑いでニコニコする。ここまできたら腹をくくれと思うかもしれないけど私は生憎往生際がわるい。ちゃっかり衣装係に立候補。ゆづたちにバレないようにこっそりゆづとお揃いの自分の執事服と私とペアルックのゆづの分のメイド服を追加。ちなみにクラシカルな感じにした。なかなか良い感じに可愛くできて満足。
この衣装制作、こっそりやってはいたけどなぜか絃葉にはあっさりバレた。すぐさまゆづたちにバラそうとするから口封じにミツくんの衣装を絃葉とお揃いのミニスカのメイド服に変えるって言ったら黙っていてくれるみたいだった。ちょろい。それとミツくんごめん、でもゆづの案にのったお礼も兼ねてるから許してくれるでしょ。
表面上では腹を括ったように、裏ではちゃっかりしっかり服の準備を進めた。準備期間中にゆづのほっぺむにられブチ切れ事件とかミツくん予算って文字知ってる?知らない?事件とか、絃葉トイレ籠城事件とか。他にも色々あったけど、どうにかこうにか当日まで漕ぎ着けた。こんなに準備大変だったの初めてかもしれない。本当に疲れた。でもこれからまた、何なら私が事件を起こすと思うとちょっぴり心が痛む。クラスの皆、ごめん。
ちゃんと心の中で謝ったし、私はこれから計画を実行する。今回の計画はスピードが命、慎重にかつ迅速に事を進めないといけない。
いつも一緒に登校しているゆづを今日は置いて、誰よりも先に登校する。ちなみにゆづにはLINEした。前日に直接会って伝えると絶対一緒に行くって言うからLINEにした。どうせ今日もどうせ夜更かししてるからしっかり寝てから来てほしい。あとバレたくない。
誰もいない学校で前もって用意しておいた執事服を着る。うん、なかなか似合ってる。
私やっぱりうスカートよりパンツの方が似合ってるよなあ。
メイクとか、ヘアメイクまでしっかり執事仕様にしてたら思ったより時間がかかってしまった。
更衣室から出る頃には友達が登校してきていた。更衣室から出たタイミングで見つかった「なんでメイドじゃないの!?」なんて言われたちゃった。もちろんこんな時の対策も考えてきてある。
友達に顎クイをしてばっちり男装メイクした顔で囁く。
「申し訳ございません、ですがこちらの私も悪くないでしょう?」
友達は顔を真っ赤にして「最高です…」って言いながら蹲ってた。作戦通り、大勝利。
今日まで頑なにメイド服を着ずに、いや怪しまれないように試着はしてたけど。試着したとしてもゆづにはみせないでここまできた。「当日までのお楽しみ!」とか言ってはぐらかしてきた。だから少し申し訳なく思うけど、私はゆづとお揃いにしたかったし、お揃いじゃないのを喜ばれるのも複雑だし、私じゃない推しを私と重ねて喜ぶのも、私の意見を聞いてくれないのも全部嫌だったから今回はぶつけさせてもらった。私だってわがままを言うことはある。
衣装だって自分で作ってるから迷惑になってないし。ちょっと罪悪感はあるけど何とかゆづがくるまでに準備を終えられた。あとは皆の準備を手伝いながらゆづが来るのを待つだけ。
皆に謝りながら、口説きながら、準備を進める。
皆「かっこいいかも…」「結婚して…」
ゆづより先に来てた絃葉にはかっこいいって褒められたし、ミツくんは「アサ!みちゃダメだ!」って絃葉の目を隠してたからなかなか似合ってるんだろう。絃葉のにやけ顔が気持ち悪かった。あと大慌てで絃葉に目隠しをするミツくんはなかなかレアで可愛かった。
そんなこと考えてたら「ドドドドドドドド」って大きな足音が聞こえてきた。
何事?なんて思う間も無く「バアン」って大きな音を立てて教室の扉が開いた。噂をすれば影?いや私が心の中でゆづのこと考えていただけなんだけど。開いた扉の前には息を見たことがないくらい切らせながら執事服を着て立っているゆづがいた。かっこいい。
「こと、なんで執事服を着てるの?」
あ、まずい。その言葉を聞いた瞬間に直感した。ガチでキレてるやつだ。過去に2回しか見たことがないゆづのガチギレ。
一度は私が絃葉と付き合ったことをした時。もう一度はゆきなくんがゆづの大事に取っておいた組を食べてしまったときだ。
当時それはもう大荒れで、私がいっぱい撫でて、お泊まりして、お弁当好きなものいっぱいにして、いっぱいキスしてやっと少し機嫌が戻る。くらいのガチギレ。
まあ焦らしに焦らしたし、とても楽しみにしていたわけだから当然といえば当然の反応ではある。けど私だってペルックで学園祭を回りたかった。他にも色々言いたいことはあったけど本番前に雰囲気を悪くするわけにはいかなくて「似合わない?」って少し拗ねて見せる。私は悪い子な部分があるからゆづがこれに弱いことを知ってる。
思った通りゆづは「かっこいいけどお…」ってワタワタする。本当にゆづは可愛い。
ゆづの怒りが少しおさまったことを確認して声を改めてかける。
「ゆづ、後でゆっくり話そう。学園祭始まるよ」
そう言って不満そうなゆづを横目に男らしい表情を意識してお客さんの呼び込みに移る。今日はメイクが上手くいった上に、さっきゆづにもかっこいいって言ってもらえたから自信が持てる。今日の私はかっこいい。
「いらっしゃいませ。ようこそ冥土の棺へ」
今回の執事、メイド喫茶は普通のカフェだけじゃない。通常のカフェメニューの他に自分好みのメイドor執事とチェキが取れるというものがある。
ほとんど撮影する人がいないという前提で身内ネタ上等でお遊びで入れたメニューだった。はず、だったんだけど。
なんだか思った以上に私にチェキの注文が入る。追加料金が必要になってくるポーズの指定も。投げキッスとか、あのネットでよく見るハートとグットのやつとか。笑顔でチェキに応じる度にどんどんゆづの機嫌が悪くなっていく。
元々ゆづの接客はあまり愛想が良くなかったが今日は拍車をかけて無愛想。それはそれであるい。かっこいい。なんて評判だった。私はそれが嫉妬してるからだってすぐわかった。ゆづからの愛を肌で感じられて仄暗い感情が満たされる。私歪んでるなあって心の中で苦笑する。
丁度ゆづの嫉妬が町点に達した頃、私のシフトが終わった。本来の予定なら私のシフトが終わり次第ゆづと2人で学園祭を回る予定だった、のだけれど。一緒に回れるか心配になるくらいゆづの機嫌が悪い。さっきのがガチギレな機嫌の悪さだったら今回のはガチ拗ねな機嫌の悪さだ。それでもゆづはほっぺ膨らませて待ち合わせの場所で待っている。可愛い。
いかにも私は不機嫌です。なんてオーラを出しながら待っているゆづに「おまたせ、まった?」って声をかける。私の声を聞いて一瞬嬉しそうな顔をしてハッと何かに気づいた顔をして拗ねた顔に戻る。そんなゆづが愛おしくてついその場で抱きついた。
それなのゆづは私に抱きつき返したい気持ちを我慢して、少しにやけぶすくれた顔を保ってあくまでも「私は怒ってます」という姿勢を崩さずに無視をする姿勢を保つ。
ほっぺを膨らませているゆづももちろん可愛いし眺めててもいいのだけど、このままだと一緒に学園祭を回るのすら難しくなりそうだから「デートの時間、減っちゃうな…」とわざと小声で呟く。
ただでさえチェキの件でヤキモチを妬いているゆづに時間が減るのは痛手だろうし、心底嫌だろうと踏んでの言葉。あざとい?性格悪い?上等。あんなピュアなゆづを守るためにはそれなりに狡猾にならないと。それに私とゆづは幼なじみ。長い付き合いでわかったゆづの扱いはお手のものだ。私はこんなにかわいいゆづのことをこんなに知っているんだぞ!ってすこいドヤ顔したくなる。
私が思った通りゆづは「それはやだっ!」というなり力一杯抱きしめ返してきた。今日も私の彼女が可愛い。
そんな可愛いゆづを前にして今すぐ一緒に学園祭を回りたくなる気持ちを抑えて「じゃあ回る前に話しよっか」
一緒に回るならせっかくだし思いっきり楽しみたいからね。でも少し他の人たちとくっついたりしてた私のこと話したくなくなるくらい嫌になってたらどうしよう。ゆづはしっかり話してくれるってわかってるけど、そんな不安が少し頭をよぎった。私が悪いことがわかってるから嫌がられても何も文句はいえない。
そんな不安をよそに「うん、話そ。色々モヤモヤしてるから上手く話せないかもだけど、いい?」ってゆづが言う。
わかってはいたけど安心した。
「ありがと、いつものところでいい?」
「うん」